東日本大震災から間もなく14年。甚大な被害があった、岩手、宮城、福島では、震災前からこの地で生きてきた人々とともに、全国各地から移住した若者たちが、子どもたちが自分らしく生きられる環境づくりのために奔走してきました。
ハタチ基金の2024年度の助成先12団体のうち8団体が、被災した地域の外から来た人たちが立ち上げた団体です。震災直後から子どもたちの支援を続けている人たちに加えて、震災に関係なくこの地やそこで暮らす人々に魅了され、活動に参加する若者は今も増えています。
この動きが、子どもたちを復興のその先へと導く希望につながると信じて。子ども支援に取り組む次世代の若者に、この道を選んだ理由とそこにかける思いを伺いました。
一般社団法人 まちと人と 野内 杏花里(のうち あかり)さん
東京都出身。山形にある東北芸術工科大学 コミュニティデザイン学科に入学し、子どもの居場所づくりについて研究。宮城県石巻市の子ども支援団体で、ボランティアとして居場所づくりを体験しながら、子どもが自分の道を自分で選択できる力を育むために必要なものは何なのかを模索する。大学卒業後は、石巻で活動をする「一般社団法人まちと人と」に入職。中高生の探究活動を支援したり、学校外での体験や出会いの機会をつくっている。
社会を良い方向に変えていける仕事がしたかった
ーー野内さんは、大学卒業後にまちと人とに入職。社会人2年目ですね。そもそもどうして石巻市で子どもの居場所づくりの仕事をしようと思ったのでしょうか?
野内さん:きっかけは、山形県にある東北芸術工科大学のコミュニティデザイン学科に入学したことでした。父がデザインの仕事をしていたこともあり、なんとなく同じような仕事に幼い頃から興味を持っていました。自宅にあったデザイン関係の本を読んだり、父に進路を相談する中、デザインは単にものづくりではなく、デザインの背景には社会課題が存在して、その課題を解決できる一助となれることを知って。社会を良い方向に変えていける仕事なのかもしれないと思ったとき、とても興味が広がり進学を希望しました。
ーーそうだったんですね。被災地支援のためにこの道を選んだのではなかったんですね。
野内さん:そうですね。正直なところ、震災はこの選択をする動機とは関係がなかったです。大学3年時に社会課題を解決することをテーマに、研究内容を決めることになって。私自身、高校時代に学校へ行きたくないと思っていた時期もあったので、「居場所づくり」を研究テーマに選びました。まちづくりには、郷土愛や産業や仕事も大切ですが、人の居場所があるかが大きく影響するのではないかと考えて。子どもの頃から地元に「安心安全な場所」があると思えることが、郷土愛を育み、まちづくりに発展していくのではないかと思い、居場所についての研究を始めました。
不登校の子どもが多い 宮城県石巻市でスタートした居場所づくりの研究
ーー研究中は、山形県と宮城県石巻市の、二拠点生活を送ったそうですね。
野内さん:ゼミの先生に相談したら、石巻市には、震災以降、子どもの居場所づくりの活動を10年以上続けている団体がすごく多いので、まずこの地域を見てみるのがいいのではないかとアドバイスをもらって。宮城県は不登校の子どもが、全国でも最多の数になる年もあったので、この地で課題について考えてみようと思いました。
2023年度、宮城県内の小中学校における1000人あたりの不登校の児童生徒数は46.7人で全国最多の数。また、石巻市内の不登校の児童の約9割は、学校以外の居場所に出会えていない実情がある。(文科省調査/河北新報社 報道)
野内さん:石巻では、シェアハウスや民泊している方々の元で間借りさせてもらっての生活でした。皆さんあたたかかったですね。
不登校の子どもたちの居場所に必要な要素は何だろう。安心安全な居場所とはどういう状態なのかを調べながら、NPO法人TEDICでボランティアとして実際に子どもたちと関わりながら研究を続けました。
ーーどんなことが見えてきましたか?
野内さん:私が関わっていた子どもたちは、主に、学校に行ってない子どもたちが多かったのですが、中には「明日生きていたくない」といったことを言うような子もいました。まずはそこのケアをすることが中心で。命綱となる現場でした。
でも、関わる中で感じたのは、ケアだけでなくその先の、一緒に楽しんでくれる大人の存在の重要性でした。団体の職員の方々は、まず最初に子どもたちに安全安心な場所を提供して、心のケアをすることが重要な任務で、複雑な仕事内容で手一杯だと思います。
一方で、ボランティアの立場で子どもたちを見ていると、心のケアはもちろんしてほしいけれど、ただ遊びたいといった子もいたり、求めていることは多様で。職員の方々は重要なケアの部分の責任を担保しなくてはいけないので、当時の私のようなボランティアこそが、子どもたちと一緒に楽しみながら、外の世界に連れ出して視野を広げてあげられるんじゃないかって。そのためには、ボランティア自身が楽しむことが、子どもたちの主体性や自主性を育むことにつながり、明日を楽しむ力となるという点に着目しました。
“そこに居場所がある”と思えることが 若者が地域で暮らす理由になる
ーー大学を卒業して2年が経とうとしていますが、石巻市民になったんですね。
野内さん:最初は居場所づくりの研究のために出入りしていた地域でしたが、たくさんの地域の人たちに出会い、支えてもらって。電車とバスで50往復ほどしましたが、石巻へ向かう道中は、またみんなに会えるという楽しみな気持ちでいっぱいでした。
ーーその経験が移住することに繋がったんですね。
野内さん:地域の人との関わり合いは、私自身の暮らしに直結するものだったんだなって思います。いつの間にか、石巻が私の居場所になっていました。
この地域のこの場所で、ここで暮らす人たちともう少し一緒に仕事をしたい。子どもたちと期間限定の関わりではなく、その先ももう少し関わっていきたい。そんな思いで、「一般社団法人まちと人」に入職することにしました。
子どもたちにも、“ここが自分の居場所”と思える場所が見つかるように。地域での体験や人との出会いを提供して、人生の選択肢を広げていってほしいという思いで活動を続けています。
取材・文 石垣藍子
東日本大震災で被災した地域では、今もなお、多くの支援団体が継続して子どもたちを支えています。震災直後から子ども支援を続けている人たちの思いは、野内さんのような20代30代の若者にバトンが渡り、次世代へと受け継がれていっています。
被災地で14年間積み上げられてきた経験は、東北のみならず、2024年に起きた能登半島地震の被災地でも役立てられています。また、教育の多様性が求められる昨今、子どもたちの伴走支援は、被災した地域に限らず、日本全国で必要不可欠なものになっています。東北で築かれた“新しい教育の形”が日本の子どもたちの支えとなるように。ハタチ基金は今後も活動を続けて参りますので、応援のほどよろしくお願いします!